2015年07月03日
変形したきゅうりの存在から
毎年GW頃になると野菜の苗を植えずにはいられなくなります。収穫は取れたらラッキー!位なのですが、毎年懲りもせず張り切って植えちゃいます。例年きゅうりは地面に這わせていたので、見つかった時にはいつもビックになっており、いつか普通のサイズのきゅうりを食べたいと思っていたので、今年は棒を立てるタイプにしてみたら、きゅうりの存在に気が付きやすく、普通のサイズのきゅうりが次々ととれる様になり、今年はひと工夫してちょっと進歩しました。てゆうか、気がつかなかっただけだったのね。
ところがはじめ変形したきゅうりばかりが取れ、しかも苦味があり子供たちにはチョーブーイング。私は面白いな〜と眺めていたのですが、せっかく手間暇かけて作ってもおいしくなくちゃなあと思っていたら、、、、突然スッキリした美しい姿の苦味のないシャキシャキの美味しいきゅうりができました。
そこで私はこれはどういう事なのかと考えました。もしかしたら変形したきゅうりが苦味として出ていた何か人間によくない物を吸収してくれたのではないかと!
人間も感受性の豊かな子供が障害という形を持って産まれ、社会の重荷を背負っているのだと聞きます。
自然界はすべてそうなのかもしれない、そうした存在に日々支えられているのかもしれないと、ふと感じると変形したきゅうりの存在がとても愛おしく感じてきました。
でもきゅうりなら感謝ですむかもしれませんが、感受性の豊かなひとや子供たちに支えられている社会であるとしたら、それは感謝では済まされない事です。
こう言う事を知る度に誰かが犠牲になる社会の仕組みを根本的に変えたい気持ちが生まれます。自分に出来る事、常に考えて行きます。
Posted by puni at 09:49│Comments(2)│感じたこと・気づいたこと
この記事へのコメント
きゅうりから人間に繋げていける、puniさんの感受性の豊かさにも感動しましたが…
後半の文章を読んでいて、
はっとさせられるところが多くありました。
いつもありがとうございます☺
後半の文章を読んでいて、
はっとさせられるところが多くありました。
いつもありがとうございます☺
Posted by つくばちゃんねる at 2015年07月03日 10:21
こちらこそいつもコメントありがとうございます。
独り言のように、本当は一番言いたいことを、世界中のだれかは共感してくれるのでないかと、発信しております。
でも感じたり思ったりしているだけでは何も変わらす、それをどう動きにしてゆくかが私の課題です。
PTA本部役員になったのも、地域を変えたい気持ちがあったからなのですが、乗り込んでみてびくともしない厚くて固い壁にぶつかっています。それでも何か少しでも変えてゆく動きをひたすら考えています。
さらなる私のつぶやきを聞いて頂きありがとうございます。
コメントは私にとってとても励みになり、いつも嬉しく拝見しております。今後ともどうぞよろしくお願い致します。
独り言のように、本当は一番言いたいことを、世界中のだれかは共感してくれるのでないかと、発信しております。
でも感じたり思ったりしているだけでは何も変わらす、それをどう動きにしてゆくかが私の課題です。
PTA本部役員になったのも、地域を変えたい気持ちがあったからなのですが、乗り込んでみてびくともしない厚くて固い壁にぶつかっています。それでも何か少しでも変えてゆく動きをひたすら考えています。
さらなる私のつぶやきを聞いて頂きありがとうございます。
コメントは私にとってとても励みになり、いつも嬉しく拝見しております。今後ともどうぞよろしくお願い致します。
Posted by puni
at 2015年07月04日 08:00

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